冲方丁「天地明察」

歴史小説

本屋大賞20周年を記念して、「本屋大賞コンプリート」というSNSイベントが行われています。過去の本屋大賞20作品を全て読んだら記念の賞状が貰える、というイベントです。これに参加したいが為に、今まであまり手を付けてこなかった本屋大賞受賞作にチャレンジすることになりました。「天地明察」は天文学を扱った物語で、映画化もされていることは知っていましたが、それ以外にほとんど予備知識がなく、これといって目標もないままなんとなく読み始めました。

本書を読んで気付いたこと

1:ずば抜けた天才は周りの人間の人生をも変える力がある

なんといってもこの作品は、主人公・渋川春海と「一瞥即解の士」関孝和との出会いが全てであると思いました。といっても直接2人が顔を合わせるのは最終章に入ってからですが。春海の心の中には常に関の存在があり、彼の背中を追い続けることで自らを高めていきました。それが結果的に改暦事業の成功に繋がります。ずば抜けた天才は他人にその存在を意識させることによって、他人の人生をも変えてしまう力があるのだなと思いました。政治的な事情により改暦事業に加われなかった関ですが、春海の生き方に大きな影響を与えたり、授時暦の誤りを指摘したり、春海に書物を託すことで間接的に改暦に加わったと言えるでしょうし、関の存在なくして改暦は成功しなかったと思います。

また、春海と関が同じ歳であるがゆえに、余計に春海は関を意識して素直に仲良くなったり教えを請うことができなかった、その心理も理解できました。これが年上や年下だったらまた違ったのでしょうが、同じ歳の天才ってそれだけで無駄にプライドを刺激されライバル意識を持ってしまいます。それが結果的に春海をの意識を高めることになったのは何だか運命的だと思いました。

2:本当に熱中できるものを持とう

碁打ち侍の春海でしたが、安穏な立場に飽きと苦痛を感じていました。そこから春海を救ってくれたのが算術です。春海は本業の囲碁はほどほどにしつつ、算術に夢中になり続けたことで改暦を成功させました。現代で例えれば、本業はそこそこにして副業や趣味に没頭するようなものです。私もそのタイプですが。

この作品には、春海の他にも何かに熱中して生きている人が多数描かれています。春海があまり真剣に取り組まなかった囲碁に熱中する本因坊道策もそうです。何に熱中するかは人それぞれですが、何かしら熱中するものを持っている人というのは生き生きしているなと思いました。

中でも北極出地の章で描かれている、建部伝内と伊藤重孝は印象に残りました。関の存在を春海から聞かされた2人は、関に弟子入りしたいとまで言い出します。自己研鑽の為なら30も年下の若者に教わることも厭わない謙虚さや、純粋な好奇心を50代や60代になっても持ち続けている2人はとても魅力的で、こんな歳の取り方をしたいと思いました。

3:誤りすら可能性を作り出す

物語の前半にこのような一文があります。

誤りすら可能性を作り出し、同じ誤りの中で堂々巡りをせぬ限り、一つの思考が、必ず、次の思考への道しるべとなる。

この一文は算術の醍醐味を表しており、同時に春海の人生を暗示しています。春海は何度も失敗を重ねました。関との算法勝負は「無術」と返され、授時暦で月蝕の予想を外し、改暦勝負にも敗れます。そのたびに落ち込みますが、長い年月をかけて算術に励み続け、物語の終盤には周りの人間を味方につける老獪さも身につけて、最終的に改暦を成功させます。失敗してそこで終わりにせず次の挑戦に繋げる春海の生き方は算術的だと思いました。

感想まとめ

春海が金王八幡で関孝和の存在を知ってから改暦事業を成すまで、20年余りの時間を要しています。その間、春海を取り巻く人たちが何人も他界しました。従って現在私たちが何気なく使用している暦が、長い年月をかけ、たくさんの人々の思いを託されているものだと知り、重みを感じました。本書にも「今日が何月何日であるか。その決定権を持つということは、宗教・政治・文化・経済全てにおいて君臨する」といった内容の記述がありましたが、日付を定めることが私たちの生活に与える影響は絶大です。改めて先人たちに感謝しました。

私は理系科目はさっぱりダメなので、算術についてのくだりは残念ながら全く理解できませんでしたが、江戸時代の算術が非常に高度であったことや、江戸の人々の文化的教養の豊かさに感心しました。

春海が成功したのは、算術や天文の才能だけではなく、人に気に入られる要素があったからだと思いました。物事に真摯に取り組む姿勢と朴訥とした人柄が、保科正之や水戸光圀といった大物の心を掴んだのでしょう。あまり人から好かれない私ですが、何かに真剣に取り組む姿勢は持とうと思いました。

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