緑慎也「山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた」

医療

iPS細胞という言葉はよく耳にするけれど具体的にどんな細胞なのか、またES細胞との違いは何なのか具体的に知りたいと思い、この本を手に取りました。またノーベル賞受賞者の山中先生がどんな人生を送り、どんな考えをお持ちなのか興味がありました。

ES細胞とiPS細胞の違い

ES細胞とiPS細胞は、いずれも再生医療への活用が期待されていますが、性質が若干異なります。

ES細胞は着床する直前の胚を体外に取り出し、バラバラにして培養したものです。それゆえに倫理的問題を抱えていました。

iPS細胞は、皮膚や血液など身体の色々な細胞に4つの遺伝子を入れ、3~4週間培養することにより作成します。胚を使わないので、ES細胞が持っている倫理的問題をクリアしています。

本書の中で、ES細胞はピストルに、iPS細胞は包丁に例えられています。
胚を使うゆえに規制が厳しく誰もが簡単に入手できないES細胞に対し、身体の色々な細胞から作成できる代わりに、理論的に完全な精子や卵子を作成できる危険を孕んでいるiPS細胞は、誰もが入手できる代わりに凶器にもなりうる包丁に似ています。

iPS細胞は、心臓病や不妊症、ALSの解明・治療法開発など、再生医療や創薬の分野での活用が期待されていますが、同時に研究者のモラルも非常に問われます。

本書を読んで気付いたこと

職を転々とすることの是非

まず、山中先生が何度も職を転々とされているということが非常に印象的でした。医師の世界では開業医は別として、職場をコロコロ変えるのは珍しくないことのようです。

しかも最初の職場である整形外科の臨床医時代には、普通の医師が20分で終えられる手術に2時間も掛かってしまい、「ジャマナカ」という不名誉な綽名までつけられてしまいます。しかしここで壁にぶつかったことが研究者の道に進むきっかけになったのですから、何が幸いするかわかりません。

またある時、ノーベル生理学・医学賞受賞者の利根川進氏の講演を聴講した山中先生が、講演後の質疑応答で利根川氏に「研究の継続性が大事だとよく言われていますが、先生はどのようにお考えですか?」と質問したところ、「継続性が大事なんか誰が言った?面白かったら自由にやったら良い。」という回答されたとのエピソードもありました。

我々普通のサラリーマンの世界では、「新卒から最低3年は同じ会社に勤めろ」「職を転々をする奴はダメ人間だ」という考えが結構まかり通っていますが、果たしてそうでしょうか。確かに同じ仕事を続けることで得られるスキルもありますが、合わない仕事を続けるぐらいならスパッとやめて別の道に進めば良いし、これは面白いと思った仕事は自由にやったら良いんです。本業が無理ならせめて副業でも。

ずっと同じ会社に勤めている人間が優秀で、職を転々としている人間がダメ人間であるという奇妙な偏見が1日も早くなくなって欲しいし、人材はもっと流動的であっても良いのではないでしょうか。

周囲の人間に恵まれることの大切さ

また、山中先生は「足をむけて寝られない人がたくさんいる」とも仰っています。

例えば、大阪市立大学大学院時代には指導教官の仮説が間違っていた故に思いもよらない研究結果が出たのですが、この時に山中先生は心底興奮したことで自分は研究者に向いている、と自分の方向性を見出し、また指導教官も一緒になって驚いてくれたことが博士号取得に向けて研究の虜になるきっかけとなりました。もし指導教官が、自分の仮説の間違いを認めないような人間だったらもしかしたらiPS細胞の発見には繋がらなかったかも知れません。

また、奈良先端科学技術大学院大学の山中研究室には工学部出身の助教授がおり、彼が普通の生物学者にできない発想をしたことで、iPS細胞発見への大きな手掛かりが掴めたことから、同じ属性の人間ばかりで集まるのでははなく、違う属性の人間の意見も取り入れることが進歩に繋がるのだとわかりました。

ノーベル賞受賞者という大成功者でありながら、「足を向けて寝られない人がいる」と言える謙虚さ、「だからこそオープンラボをつくり研究者の正社員化を目指す」と言える利他の心が、良い人との出会いに繋がっているのでしょう。

VW(VISION WORK HARD)

本書の中で出てきた単語で印象的だったのがこの言葉です。VISIONとWORK HARD、どちらが欠けてもダメであって、目標を持ち一生懸命に打ち込むことの重要さを教わりました。

アメリカ留学時代にプレゼンを学んだことが山中先生にとってプラスになっており、現在も京都大学iPS細胞研究所を運営するにあたって、ビジョンを示し優秀な研究者を集めるのに大いに役立っているようです。

また、「短期目標を次々と達成しながら長期目標に迫っていく」という内容が印象的でした。

まとめ

iPS細胞は今もなお研究が進んでおり、様々な可能性を秘めています。本書の中で「科学技術は必ず進歩するので、理論的に可能なことはいずれ必ず実現する」と書かれていたので、iPS細胞の将来に期待を込めて京都大学iPS細胞研究財団にささやかながら寄付しました。京都大学iPS細胞研究所の環境がよりよくなること、研究者のモラルがより高まることを期待します。

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